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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8805号 判決

原告

柳カツ

ほか一名

被告

興亜火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告は、原告柳カツに対し金一六六万六、六六六円原告柳勝夫に対し金三三三万三、三三三円及びこれらに対する昭和四八年一〇月二二日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

主文同旨の判決

第二主張

「請求原因」

一  原告柳カツは、訴外亡柳政夫の妻、原告柳勝夫は同訴外人の長男で、同訴外人の法定相続人である。

二  訴外柳政夫は、昭和四八年一〇月二一日午前九時一〇分頃、普通乗用者(三三さ一四八八号)を運転して東名高速道路を走行中、静岡県沼津市井出付近において、訴外古橋和男運転にかかる観光バス(浜松二二か一一三号)と接触し、右乗用車が大破して死亡した。

三  右観光バスにつき、これが保有者たる訴外遠州鉄道株式会社と被告は、保険金限度額五〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約(証書番号c六四九八一号)を締結していた。

四  よつて原告らは被告に対して右保険金額の限度において、本件事故による損害の賠償を求める。

「請求原因に対する答弁」

請求原因事実はすべて認める。

「免責の抗弁」

一  本件事故現場は、東名高速上り線一〇九・八キロポストあたりで、道路状況は、路肩幅員三メートル、走行車線、追越車線とも各三・六メートルで、見通しは良く、路面はアスフアルト舗装され、平坦である。当時かなり雨が降つており路面は濡れていた。

訴外古橋和男は、観光客を乗せた本件観光バスを運転し、時速七〇キロメートル位で富士インター方面から沼津インター方面へと東進して本件事故現場に差しかかつた。

そして事故現場手前で訴外古橋和男は、走行車線を先行するトラツク及びその前の乗用車の二台を追い越すべく追越車線を走行したところ、これに追従して訴外柳政夫運転の普通乗用車も追越車線に入つてきた。

こうして縦隊になつて追越車線を進行していたところ訴外古橋和男は、後続する訴外柳政夫運転の乗用車が、先行車にもつと早く進行するか、あるいは追い越しをしたいので道を譲るようにとの合図であるライトの点滅をするのを認めたので、加速し先行する二台の車を追い越して走行車線に入つた。

そうすると、訴外柳政夫は、時速一〇〇キロメートルを超える位に加速し、訴外古橋和男運転の本件観光バスを追い越し、その前方約一〇メートルの地点で走行車線に進入してきた。

二  ところが前記のとおり路面が濡れていたのに高速で走行線に進入したため、訴外柳政夫運転の普通乗用は後輪を左にスリツプし、約二〇メートル左回転しながら進路左端の土手に右後部を激突擦過させ、さらに左回転を続けながら前部を土手に激突擦過させ、これらの回転擦過の反動で約一五メートル右斜の東方の走行車線と追越車線上に、進路に直角に、またがる状態で後斜走した。

訴外古橋和男は、訴外柳政夫運転の車両が左回転スリツプして斜走したのを認め、急制動をかける態勢に入り、約二〇メートル走行した地点で急制動をかけた。

しかるに右のとおり乗用車が土手に激突擦過したので、訴外古橋和男は、突差にハンドルを右に転把して乗用車の衝突を避けようとしたのであるが、乗用車は、訴外古橋和男の予想もしない、反動で後斜走し、走行、追越車線をも閉塞するという前記のような状態となつた。よつて訴外古橋和男としては避ける間はなく、本件観光バスが乗用車の左側面に衝突した。

三  そうすると本件事故は、訴外柳政夫の雨にもかかわらず急拠進路を変更して車をスリツプさせた過失並びに運転技術の未熟が原因であり、訴外古橋和男には何ら過失はなく且つ本件観光バスには機能上、構造上欠陥はなかつた。

よつて原告らの本訴請求は理由がない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実について当事者間に争いがないので、本件事故発生につき本件観光バスの保有者に自賠法三条の免責が認められない限り、原告らは被害者として自賠法一六条により被告に対して保険金額の限度において損害賠償額の支払をなすべきことを請求できる。

二  そこで被告の免責の抗弁について検討するに、成立につき争いのない甲第二並びに第四号証、乙第一、第二号証、同第三号証の一ないし八、証人古橋和男、同大瀬戸末春の各証言を総合すると、本件事故は、東名高速道路上り車線一〇九・八キロポストと一〇九・七キロポストの間で生じたものであるが、当時の天候(雨はかなり激しかつた)、付近の道路状況、及び訴外柳政夫運転の普通乗用車(フオードムスタング、車長四・八一メートル、車幅一・八九メートル)が訴外古橋和男運転の本件観光バス(車長一一・二七メートル、車幅二、四九メートル、定員三〇人であるが、この時の乗客はやや少な目であつた)を追い越し、その前方約一〇メートルのところで追越車線から走行車線に進入したことは、被告が免責の抗弁一項で主張するとおりであり、そしてこの時の速度は本件観光バスが少なくとも毎時八〇キロメートルであり、よつて普通乗用車は少なくとも毎時九〇キロメートルを上回つていたところ(制限時速は毎時一〇〇キロメートル)普通乗用車は車線変更直後被告主張のとおりスリツプし、本件観光バスと衝突したのであるが、その詳細は次のとおりであることが認められる。

(一)  右のとおり訴外柳政夫運転の普通乗用車は、進路を変更して走行車線に進入した直後、後輪が左にスリツプし(おそらくハイドロプレーニング現象のためと思われる)、車首を右回転させながら左前方に滑走をはじめ、まず約二二・五メートル滑走して後部右側を左方土手に衝突させ、さらに左側面を土手にこすりつけながら後向きに約一三メートル滑走した後(土手に約七メートルの擦過痕が残つた)、今度は車道と直交するように後向きで車道に飛び出てきた。

そしてスリツプをした地点から約四三メートル前方、上り一〇九・八キロポストから約八八メートル東京よりの地点を右乗用車が走行車線と追越車線をまたぐように斜行している時に、その左側面に本件観光バスが衝突した。

その結果外国車で左ハンドルであるところから、運転席にいた訴外柳政夫は衝突をまともに受けて頭蓋底骨折の致命傷を負い、七日後の昭和四八年一〇月二七日に死亡するに至つた。

(二)  訴外古橋和男は、右のとおり自車前方約一〇メートルの地点に訴外柳政夫運転の普通乗用車が進入してきたので、危険を感じ、制動措置をとりはじめたところ、乗用車がスリツプをして左前方に滑走しはじめたので、急制動の措置をとりながらハンドルを右に転把した。

しかし訴外古橋和男の予期に反して右のとおり乗用車が車道に戻つてきたため、本件観光バスは乗用車に衝突するに至つた。もつとも同訴外人は路面が濡れていて危険なので、通常よりもゆるやかに急制動の措置をとつている。

なお本件観光バスは、訴外古橋和男が自車前方に乗用車を認めてから衝突に至るまで約五三メートル、また急制動をかけるまで約二〇メートル、進行している。

三  右認定事実からすれば、本件衝突事故につき訴外古橋和男に過失はないと判断される。

すなわち乾燥道路でも時速八〇キロメートルで走行している車輌の制動距離は、空走距離も考慮に入れると八〇メートル以上を要するのであるから、本件衝突は、訴外古橋和男が乗用車が車道に戻つてくるのを認めるや直ちにハンドルを左に転把してその前方を通過するほか避けようはなかつたわけである。

しかし乗客を乗せた大型バスを運転している訴外古橋和男に、かかる突発時に制動措置をとりながら滑走する車両に対応して右のごとき措置を求めることは、不可能を要求するに等しく、結局同訴外人には過失はなかつたと判断せざるを得ず、また右認定事実からすると本件観光バスに本件衝突に連がるような機能上、構造上の欠陥は認められない。

四  そうすると本件衝突事故は、訴外柳政夫の過失によつて生じたもので、本件観光バスの保有者は、自賠法三条但書によつて免責されることになる。

よつて本件観光バスの保有者の責任を前提とする原告らの本訴保険金請求はその前提を欠き失当なので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、を適用して主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 岡部崇明)

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